【2025ブログ】TR 西本万里子

OB・OGの皆様、並びに保護者の皆様、そして阪大ラクロス部の関係者の皆様、いつも弊部を応援してくださり、本当にありがとうございます。

また、心強い味方として惜しみなくチームに関わってくださる三雲先生、あややさん。勝って必ず恩返しします。
そして、トヨキさん。偶然の出会いから始まり、今ではTRの一員として力を貸してくださり、本当にありがとうございます。とても支えられています。

4年生TRの西本万里子と申します。

最後のブログ、これまでの思考を整理しながら書こうと思います。振り返ると、壁に当たってばかりの4年間だったように思います。
どうも国語は苦手で、長い文になりましたが、最後まで読んでいただければ嬉しいです。

始めは今でも記憶に残っている話を4つ。

1つ目は、ルールは2種類あるということ。
ひとつは合理性のルールで、守らないと実害が生じるもの。筋肉の伸ばし方とか、使い方とか。
もうひとつは規律のルール。守らなくても直接的な実害は小さいが、疎かにすると集団の秩序や信頼感が揺らぐもの。挨拶やゴミ捨て、整理整頓とか。
1回生の時、亜海さんから聞いた話で、確かにと思った。
以来、組織に所属する責任として、規律のルールも意識するようになった。

2つ目は、ものごとの意図について。
1回生の時、当時3回生の陽人さんの怪我トレを亜海さんに教わりながらやっていた時の話だ。陽人さんから、この筋トレメニューはラクロスにどう繋がるのかと聞かれた時、鍛えられる部位しか分からず硬直してしまった。
怪我トレを仕切ることはできても、本質を捉えられていないことに気づかされた瞬間だった。
自分の未熟さに情けなく、涙を精一杯堪えた記憶がある。あとシンプルに陽人さんの目力がこわすぎた、ほんとに。
以来、この悔しい経験があったがあったからこそ、教わったことの意図を自分の中で咀嚼し切ることを常に心がけてきた。

3つ目は、「もう遅いと思った時が、始める時。」という言葉。
偶然耳にした言葉だが、大事にしている言葉だ。
遅いと思って諦めた行動は、いつも、後悔を何倍にもした。
以来、遅いかもと思った時は必ず、この言葉を思い出して、行動するようにしている。

4つ目は、他人は結果しか見ないということ。
どれだけ頑張っても、時間を費やしても、結果に表れなければ意味が無い。
2回生の時、吟さんとTRとの話し合いで聞いた言葉だ。世の中の厳しさを体現したような言葉だが、的を射てるなと思った。
以来、どんなことでも結果を意識し、プレッシャーを感じながら取り組むようになった。

改めて思う。 今の自分をここまで成長させてくれたのは、ラクロス部で出会った人たちの存在に他ならない。
こうして振り返る機会を持てたこと、そしてその出会いに恵まれたことに感謝し、今後も私なりに挑戦を続けていきたい。

最後は4年間の振り返り。
あっという間の4年目だけど、心境の変化は多かった。

1回生、とにかく必死だった。
思考より行動あるのみで、できないこと、知らないことだらけの現状を変えたくて、目の前のことに全力で取り組む毎日だった。それが当時の自分に出来ることで、努力した分成長も実感でき、やりがいはあった。
ただ、成長して少し余裕が出てきた頃から、考えるようになった。
ラクロス部である意味は何なのか。
正直、テーピングの奥深さや知識を現場で活かす面白さはあるものの、それだけではやりきれないほどラクロス部にかける時間も労力も膨大だった。
大学生活、何に意義を見出すか、悩んだ。
いろんな人と話し、新しい価値観に触れる中で気づいた。物事に本気で打ち込む人が周りにいる環境にこそ、価値があった。
大学生活でそんな環境を見つけるのは容易ではない。だからこそ、その環境に身を置くことは自己成長につながると確信できた。
大学生である今、この部活で多くのことを学びたいと、そう思った。
素直に求めてくれる姿勢、妥協なく話し合う姿勢、そんな先輩たちの姿を見てきたからこそ、一人一人の本気が伝わってきたし、環境への価値も増していった。
結果、入部当初と比べて社交性は増し、視野を広げ、行動の軸を「今何をすべきか」に置くようになった。

2回生になると、自己成長を求めてさらに突き進むようになった。これまで吸収した知識やスキルを応用できるようになり、TRとしての成長を実感、楽しさも増した。同時に、先輩という立場となり育成の難しさを痛感した。一方で、育ててくれた碧さん亜海さん結莉さん、そして先輩方への感謝も深まった。

そして3回生、30期が引退し、求められる環境が当たり前ではないことに気づいた。求められる環境のありがたみを知ったし、私も後輩に求め続ける存在でありたいと思った。

4回生の6月、あと少しで引退という時期に、退部を考えた。
理由は単純で、これまで感じてきた「この組織の価値」を、今のチームに見出せなくなったからだ。
トレーナー目線で言えば、アップもトレーニングも言われたからやる、もしくは適当にやるような人が存在している状態。何がどう結果に結びつくかは誰も知り得ないのに、自分の枠の中で勝手に線を引き、必要ないと決めつける。
以前、ある人がこのチームをスポーツチームだと思ってると言った。mtgを重ねる中で、一人一人の勝ちへの拘り、本気度が伝わってくる反面、練習中のちょっとした所での手抜き、不真面目さが際立って、言葉と行動の矛盾に違和感を覚えることが多かった。
口だけなのか?
勝ちたいと言いながら現状で十分だと思っているのか?
ボトム層を作る3、4回生。そんな先輩に流される2回生。それが、何よりも嫌だった。
組織に所属している限り、各個人、果たすべき責任がある。
したくないことでもすべきことであれば全力で取り組む責任がある。そう思っていたからこそ、組織で大切にしていることに重きを置かず、個人を優先する価値観の違いが、受け入れ難かった。
出来てない層に対して声を掛けなければならないという事象そのものに情けなさを感じたし、高め合いとは程遠いなと思った。

トレーナーだからこそ、選手には正しいフォームでアップをして欲しいし、効果的なトレーニングをして欲しい。それが最大限のパフォーマンスに繋がるから。
目に見える急激な変化でなはないかもしれない。
でも意味を持ってやっていることなら、面倒でも行動できる、意識を変えていく意思のある人たちが集まった部活だと思っていたから、変わらない現状にがっかりした。たとえ注意され一時変わっても、結局元に戻る意識の低さと、自分の伝えきれなさにも苛ついた。人を変えることは難しいし、そう簡単に変わらないんだなと4年目になって改めて実感した。
そして、私が惹かれたチームを作り出した先輩たちはもういないんだと気づいた。
私たちの代は、あの先輩たちが築いた組織のようにはなれなかったんだとやるせなさを感じる一方で、世代が変わってその環境が常にあるわけではないことを知った。
だからこそ、これまでのただ環境に感謝して過ごす側から、環境を作る側にならなければいけないなと思った。
そこからは、変わらない現状に嘆くより、状況に応じていかに自分が変われるかを常に考えるようになった。そしてその行動軸が引退後の私に何をもたらすのか、知りたいと思った。

今、敗戦が続き、mtgを重ね、心境の変化があったのか前と違うな、意識が変わったなと、感じる人が増えてきたように思う。
自分自身が変わったから、人の見方も変わった、それもあると思う。
今とる行動がどう結果につながるかは誰にもわからない。けれど、何を考え、どう変わるかは自分自身にしか決められない。
社会人になれば、ひとつひとつの選択に大きな責任が伴う。
もちろん今の私たちにも責任はある。けれど、それは失敗しても学べる余白を持った責任だ。
だからこそ、今本気で取り組むことに意味がある。
思い、考え、行動したことすべてが自分の経験値になる。
たとえ失敗しても、仲間がいて、どうすればうまくいくか学び、成長できる環境がここにはある。
辛い時はもちろんある。けれど、みんなで掲げた「不屈」で、努力を続けられる。

明日は神戸戦。
これまでの努力を結果で証明する日。絶対勝とう。

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この記事を書いた人

大阪大学男子ラクロス部広報部です。
SNSの運営や新勧PVの作成を行っています。

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